とうとうマチュピチュに行って来たよ!

先日からのツアーでマチュピチュへの期待も高まり、 わくわくです。 出発は夕方4:00。 クスコからオリャンタイタンボまでは送ってもらい、 オリャンタイタンボからは、ペルーレイルが82km地点の ピスカクーチョまでシャトルバスを走らせてくれて、 ピスカクーチョから、マチュピチュ村のある、アグアス・ カリエンテスまで電車に乗れます。 つまり、 クスコ→(車)→オリャンタイタンボ→(シャトルバス)→ ピスカクーチョ→(電車)→アグアス・カリエンテス。 という行きかた。 ピスカクーチョについたときにはもう夜。 集団疎開みたいだね。と夫。 マチュピチュ村に着いたら夜なので、マチュピチュで一泊し、 翌朝マチュピチュに向かいます。 マチュピチュ観光は、何かと早起きが必要です。 通常クスコからマチュピチュまでの電車は1日1本で、 それが朝5時台。マチュピチュの村からマチュピチュの 遺跡も朝5:30から出ます。 なのでホテルの朝食も朝5:00からで、 チェックアウトも9:00台に設定されていました。 私たちはマチュピチュ村に泊まっているので、 ゆっくりしても良かったのですが、 確か何か早起きして並ばないとだめだった記憶があって、 早々とでかけました。 朝6時ちょい前にマチュピチュ村から、マチュピチュ遺跡に 向かうバス停についたのですが、すでに30人以上は並んで 待っていました。やっぱりみんな早起き。 マチュピチュの山をじぐざくにハイラム・ビンガム・ロード を上っていると、あー。とうとうマチュピチュにきたなー。 と感動。 マチュピチュの遺跡は、写真で見るより生の方が すごく綺麗でした。 朝は霧がかかっていて幻想的。 また、崖みたいな階段もあって危ないと感じました。 そこからの景色がまだ良いのですが。。。 遺跡の見学には3時間くらいかかるのですが、 遺跡内にはトイレがないため、注意が必要です。 一回りしてへとへとになって、一度遺跡を出て トイレに行って、おやつを食べながら、 もう一回マチュピチュに入るか、村に戻るか、 ワイナピチュに挑戦するか考えた結果、 ワイナピチュに挑戦してみて、怖かったら戻ってくる。 ということに決めました。 ワイナピチュというのは、マチュピチュの目の前に 立ちはだかる山で、トレッキングコースがあり、 そこから眺めるマチュピチュがまたよいというのです。 マチュピチュに行ったら、ワイナピチュも! と思っていたのですが、マチュピチュの遺跡でさえ ちょっと怖く、ワイナピチュの方がさらに 危ないと聞いていたので、ためらうものがありました。 もともとは、○○と煙は高いところが好きという 言葉があるように、私も高いところがへっちゃらで、 恐怖とスリルが大好きだったのですが、バンジー… Continue reading とうとうマチュピチュに行って来たよ!

クスコ one day tour に参加

クスコからちょっと足を伸ばしたところまで行く one dayツアーに参加してきました。 1人30ドル 8:00~18:00(昼食つき) 英語、スペイン語のガイドが選べます。 昨日のcity tourにいた人も何人かいました。 ガイドも昨日と同じくウィリアムさんです。 1人で英語とスペイン語の両方をしゃべってました。 大変だなぁ。 ルートは、 ピサック→オリャンタイタンボ→チンチェロ です。 ピサックへは通常1時間くらいでいけるとのことですが、 土砂崩れから復旧していない橋があり、遠回りしたので 2時間半ほどかかりました。 被災地はまだ完全に復旧しておらず、テント生活をしている地域もありました。 ピサック、オリャンタイタンボは どちらも絶景! 向かいの山に向かって、 「ていねんぴってなあに~。」 と心の中で叫びました。 チンチェロの村で、アルパカ製品を作る家庭の見学し、 すごいものを見ることができました。 アルパカから刈った毛を、洗うのですが、 石けんの役目を果たす木の根っこがあって、 根っこをおろし器でおろし、お湯を加えかき混ぜると ぶくぶくとあわ立ちます。 その中でアルパカの毛をもみもみすると、綺麗になります。 すごーーい。 摩り下ろし器で根を摩り下ろします。 お湯を加えて混ぜるとあわ立つ! アルパカ製品より、その木の根っこが買いたかったけど、 植物は入国時に没収されそうなのであきらめました。

クスコ City Tourに参加

マチュピチュに行く4/2まで、 チチカカ湖のあるプーノに行くか、 クスコにいるか考えてみたのですが、 クスコにいようと夫に提案されました。 たぶん荷物が重いのだと思います。 すみません。 なのでマチュピチュ以外のクスコ、クスコ周辺の 遺跡も堪能しようということで、クスコcity tourに申し込みました。 半日(13:30~18:00) 1人13ドル。 英語、スペイン語のガイドが選べます。 サントドミンゴ教会→カテドラル→ サクサイワマン→タンボ・マチャイ→ケンコー というルートです。 サクサイワマンからは市内からちょっと外れます。 特にカテドラルは、聖なる月曜日のときにイエス様が出てきた カテドラルで、今までみたものの中でもかなり見ごたえたえが あるものでした。 でかいのと、でかいのと、でかいのと、でかいのに荘厳で、 細かーーーーーく彫りこまれたでかーーーーーい扉 が何個も何個もあって、圧倒されました。 写真撮影禁止とのことで、残念ですが おみせできません。 サクサイワマンからはクスコよりちょっと標高の高い ところにあるので、すぐに息切れします。 ですが、クスコの街が一望できる丘があって お勧めです。 残念ながら雨天でした。 雨季の終わりかけなのですが、日中雨がぱらついて、 傘とカッパは手放せません。 インカ時代の遺跡を見るにあたって、スペイン人で なくてよかったと思いました。 いたるところで、「ここはスペイン人が壊して・・・。」 と説明があり、気が重いだろうなと思います。

クスコの行事

朝起きると寝違えたのか首が痛い。 「それは、首絞め強盗怖さに振り返りすぎによるものだ。」 と夫が言うのに納得。 南米ではとても用心してすごしています。 首が痛い痛いとごろごろと昼までホテルで過ごして、 それでもマチュピチュ以外にクスコ近郊のツアーを 調べてみようという話になり、外に出ると雨。 かさと上着を取りにもどってまたアルマス広場 の方へ向かうとまたなにやら様子がおかしい。 警察が並んでいる。 広場に面したお店の2階からは垂れ幕のようなものが。 また何かある! と思って待っていると、アルマス広場に面した 教会からイエス様の像が担がれて出てきた。 物悲しい音楽に乗せて。 赤い花びらのようなものが投げかけられ血のようで、 見ていて悲しくなった。 これがイースターなのかな? と思いながら、食事をしたり、 旅行代理店をはしごしているともう夕方。 帰ろうか、もう一件旅行代理店にいくかと迷っていると またなにやらアルマス広場で始まる様子。 ちょっと見て行こう。と眺めの良い場所を陣取って 待つこと2時間!!! アルマス広場に人は増えに増え。ぎゅうぎゅう。 どうやら昼間のイエス様が戻ってくるようで、 こちらの方がメインイベントのようで、 おっそろしい人だかり。 夜になって戻ってきたイエス様。 担ぐ人も大変そう。 警察の交通整理もむなしく。 人が押し寄せる。 皆イエス様の後を追います。 遠くに見えたイエス様が通り過ぎ、教会の入り口に くると、みんなが十字を切り、手のひらを教会に向け、 イエス様を見送ります。(これに1時間) イエス様が完全に教会に入ると、拍手がおき、 次の瞬間に帰宅ラッシュが始まります。 こちらの人は撤収が早い。 帰宅ラッシュの波をさけて待つこと1時間。 あたりは真っ暗。 後日、旅行代理店の人に「聖なる月曜日」という 行事だったと分かりました。

クスコのお祭り

翌日クスコの街を歩き始めるとにぎやかに太鼓の音が。 民族衣装を着た人たちが行進している。 なんだろね。 といいながら写真を撮って、アルマス広場の方に 向かうと、どうやらこちらの方がメイン会場らしく、 さまざまな民族衣装を着た人たちがグループごとに ダンスを披露している。 ちょうど日本のヨサコイみたいなやつかな。 クスコの空は近く青く、山は緑、屋根は赤茶。 民族衣装は色鮮やかで華やかで、ヒラヒラと舞い。 時間を忘れました。連射モード大活躍です。

クスコ到着

アレキパからクスコのホテルの予約をしようとしたが、 電話が繋がらずノープランで早朝にクスコについた。 バスターミナルとはいえない空き地にバスが止まり、 とほほ。 と思っていたら客引きが来て、20ドルのホテルを すすめられた。見ると、まあ大丈夫そうな感じの ホテルで、泊まる予定だったところの半額。 客引きだけど、バス会社の社員証を胸につけて いたので、なんとなく安心。でもこれが罠? と思いながらもついていくことにした。 荷物をおいてチェックインしようとしたら、 旅行代理店の人が待ち構えていて、 マチュピチュツアーの話になって、 臨戦態勢じゃないのに、営業が始まってしまった。 話をきくと、4/1にマチュピチュが再開といっても ペルーレイルは一部だけしか運行しておらず、 (82km地点からアグアス・カリエンテスまで。) 4/1のは売り切れ。4/2しか取れない。 ビスタドームのクラスしか運行していないとのこと。 時期が時期だし、下手に自分で動いて勘違いで マチュピチュに入れないとかいうことになったら 悲しいなと思い、全部手配をお願いすることにしました。

アレキパで温泉と観光

朝アレキパについて、大きな荷物を預けて、 コレクティーボと呼ばれるミニバスに乗って 温泉のあるユーラに向かった。 1時間くらいで1.5ソル。 50円位か。安い! リマでは空港から市内までタクシーで50ソル だったのに。 ユーラのバスターミナルは小さな公園で、 あたりには削られて、禿げ上がった山しかなかった。 なにっ。 と思ったけど、公園に面した建物に入って、 「バーニョ?(温泉)」 といってみた。 ツーリストインフォメーションなんてないのだ。 温泉とトイレはどちらもバーニョというので、 何人かは、トイレをすすめてくれたが、 それでもなんとなく、トイレ以外のどこかを 指してくれた人の指す方向へ進むこと20分。 「バーニョ?」 と聞いてみると、 「ここ。」 と招いてくれて、一通り設備の説明を してくれた。といってもあるのはトイレと 脱衣所と、シャワーとお風呂だけだけど。 3m四方のお風呂が2つ。 温度はぬるい。 深さは120cm。 色は黄土色。 ぶくぶくと泡が底から出ている。 シャワーは水。 水着着用のこと。 小一時間はいってみても体は冷える一方。 シャワーも水だし、鳥肌も立ってきたので ちょっぱやで着替えた。 外は快晴であったかいのでいいんだ。 さっぱりしました。 またすぐアレキパ行きのバスにのってもどり、 ご飯を食べた。 そういえば、南米はどの都市も、広場が中心にあり、 たいてい名前は「アルマス広場」。不思議。 そのあと、1970年頃まで運営されていた サンタ・カタリナ修道院に行きました。 セルと呼ばれる修道士の部屋は、ベッドルームと、キッチン と、もう一部屋で構成されており、1人1セル与えられたの だとしたらそうとう贅沢なつくりだなと思いました。 立って半畳、寝て一畳とはいわないけど、 イタリアのローマで修道院が改装されたホテルに 泊まったことがあるけれど、それはとても小さく、 機能的なつくりだったので、そんな感じかなと思った んです。家具などは少なく、質素な感じでした。 またこのセルがありの巣のように広がっており、 不思議な修道院でした。

リマ到着

リマについたら、蒸し暑くてがっかり! 南米の夏は蒸さないと思っていたけど、 じめっとじめっと気力を奪われた。 すぐにクスコに移動して、マチュピチュへ いけるかどうか調べてからペルー内の 観光を考えることにしていたので、 空港からバス会社へ向かった。 ペルーはバスターミナルに各バス会社が集まる のではなく、各バス会社が自分のバスターミナル を持つという形なので、ちょっとめんどくさい。 一番いいといわれるオルメーニョにまず行った。 地球の歩き方に午後便が書いてあったので余裕 で行ったら、朝の便しかないので、明日しかないよ といわれて、困ってしまった。 幸い別のバス会社が近くにあったのでそこに 移動してみたら、1席しかないというので、 またまた困ってしまった。 リマはじめっとしてるので、これ以上滞在したくない。 という思いで、「別の都市に移動しよう。」 と提案してみたら、夫が「アレキパとか?」 とナイスアシスト。 サンティアゴで出会った人がアレキパは標高2300m 位だから高山病になりかかったら一度おりてくると いいよと教えてくれたところだ。 アレキパ経由でクスコに行けば、徐々に標高を上げる から、体に良いはず。 という成り行きでリマ→アレキパ。アレキパ→クスコ。 というバスチケットを手配した。 どちらも夜行バスのため、0泊3日でクスコに向かうこと になる。リマで一度じめっとしてしまったので、 お風呂入りたいなと思っていたら、運よく アレキパの近郊に温泉があるということで、 そこに行くことにした。 順調順調。

イースター島。アフ・トンガリキで朝日が昇るのを待つ

最近のイースター島は朝は雨で、 昼に向かって晴れてくる。 車を24時間レンタルする場合、昼から翌日昼まで 借り、1日目は観光、2日目は朝、日の出を見てから 返すのがいいらしい。 最近の朝の天候が悪いので日の出は見れないかも しれないなぁ。と思っていたら。はやり、早朝に 激しい雨が打ち付ける音で目が覚めた。 ベッドから這い出してリビングに向かうと 私が一番最初に起きてた。すごい。 みんなが揃ったところで、また雨が。 でもすぐやむ。 とりあえず行くだけ行こうと。日が昇る東海岸沿い。 アフ・トンガリキへ。 途中雨はやんだり、激しくなったり、雨が強くて 前が見えず車をとめたりしながらたどり着くと 日の出の時間になった。 先客が何人かいて、朝日を待っていたが、すぐに 雨が降り出し、強くなった。 カッパを持っていたので、かぶって、そのまま待つ。 先客はいつの間にか帰っていました。 アフ・トンガリキの前に倒れるモアイで風をよけながら 待っていると、ナショナルジオグラフィックに写真を のせてるような写真家がシャッターチャンスを待つのって こんな感じじゃないのかって想像して燃えてきました。 しかし雲の隠れて朝日はみえず、ほんのり赤らむ 空しか撮れずに宿に戻りました。 宿に戻り朝ごはんを食べて、こうださんは 今日からキャンピング・ミヒノアに移動するというので 送っていって、またミヒノアの日本人バックパッカーを レンタカー屋さんに送っていった。 夫はほんとうに親切だなぁ~。 その後はイースター島博物館へ。 スペイン語のパネルにあわせて、日本語訳のファイルが 手渡されて、照らし合わせながら読み進めることができて 分かりやすかった。 車を戻した後は、近くの10mほどの砂浜があるビーチに 泳ぎにいきました。ダイビング用にシュノーケルセット を持って行って、見てみると、浅瀬にも食用よりむしろ 観賞用のきれいな色の魚が泳いでいて、思ったより よく見えるなーと思っていたら目の前を海がめが 横切ってテンションが上がりました。 乗れるくらいの大きな海がめ。 何度か水面に顔を出したので、追いかけたのですが それきり出会えませんでした。 息つぎのために顔をだす海がめちゃん。 急に曇りだしたと思ったらすごい風と雨がふってきて そのとき浜辺に私はいて、夫だけ沖に出ていて、 ぎゃーとなりましたが、無事に帰ってきてくれて ほっとしました。 戻ってきた夫は水も拭かずにぴんぴんしてて 寒さと暑さにはとても強い。うらやましいなぁ。 でも高さには私が強いもんね。 どちらか片方がつねに元気でちょうど良かった。 夕方以降は、チョコとクッキーを食べて過ごしました。

イースター島。クライマックス。東海岸沿い

ダイビングの午後は車を借りて観光。 車をとって昼ごはんを食べに宿に戻ると、ちょうど 私たちがバイクで行った道を徒歩で、 車で行く予定の道をチャリで行った 同じ宿に泊まる上腕二等筋の立派なこうださんが、 1番ハードな東海岸のルートをチャリで行くのを 挫折して帰ってきた所だったので、誘って一緒に 行くことにした。 東海岸沿いには、倒れたモアイを日本人と現地の人が 共同で起こしたという15頭のモアイ(アフ・トンガリキ)や、 モアイは同じ山から切り出されるんですが、 その切り出し場(ラノ・ララク)や、神秘のパワーがもらえる という丸い石(テ・ピト・クラ)やビーチ(アナケナビーチ)や、 いろいろなものが見られます。 アフトンガリキ ラノ・ララク テ・ピト・クラで力をもらおうと必死のおじょうさん。 アフ・アキビ。 モアイ、モアイ、モアイ。 野良牛、野良馬いっぱいいます。 この景色みてmixiアプリのサンシャイン牧場を思い出してしまった。。。 東海岸沿いルートを攻めたあと、欲を出して内陸部の ルートも攻めて。と堪能して、西側の荒野を進んでいるとき 徒歩のカップルを見つけて、ここで歩きはちょっとおかしいな。と 車を止めて声をかけてみたら足を捜しているようなので、 乗せてあげました。リトアニア(女)とドイツ(男)の カップルは 「サムラ~イ。サムラ~イ。」 と言って乗り込んできました。 女の子はかわいい子だったせいか、運転中の夫は 坂道でエンストして、その後5連続くらいエンスト していました。